東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)35号 判決
一 請求の原因1ないし3の事実については、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の有無について判断する。
1 (第一引用例の技術内容について)
まず、審決が拒絶理由を引用して構成(1)(本件発明の構成要件(c)の一部)として指摘したとおりの、光・電気変換を行う光導電性手段が、第一引用例に記載ないし示唆されているものとみられるか否かについて検討する。
一般に、光・電気変換用のダイオード素子(以下、「光電変換ダイオード素子」という。)には、逆方向の電圧を加えて使用するいわゆるフオトダイオードと電圧を印加しないで使用するいわゆる光電池とがあること、審決が構成(1)として指摘した本件発明の構成要件(c)の一部である「内部に少くとも一つの整流接合を有する第一半導体材料で構成され、上記第一半導体材料のバンド間隙エネルギーよりも大きな光子エネルギーを有する光放射が入射する時、その光放射を吸収してその内部に過剰少数荷電担体を発生する特性を有し、そして上記光放射が上記少くとも一つの整流接合からの少数担体拡散距離内のところに吸収される時、上記過剰少数荷電担体に応答して光電流を発生する光導電性手段」がいわゆる光電池にほかならないことについては、当事者間に争いがない。
ところで、第一引用例(電子雑誌「エレクトロニクス」昭和三八年八月号。成立に争いのない甲第三号証の一ないし三)には、「最近の半導体レーザー」と題する論文が掲載され、その「ジヤンクシヨン・レーザーの応用」の項の第二六頁には、「このような伝送路の中間に入れる増幅系として、あるいは広帯域アイソレータとして非常に重要であると考えられるのは、第一八図に示したような方式である。すなわち、一次側入力回路はジヤンクシヨン・レーザー(ただし、発光がかなり鋭い波長分布になつていればよいので、レーザーでなければならないとは限らないが)につながり、加えた電圧に比例して光が出る。二次回路には、たとえば、シリコンのフオトダイオードをつなぐ。もちろん、若干逆方向電圧を加えておく方がよいが……」(左欄二〇行ないし右欄五行目)なる記述とともに、第一八図として、半導体アイソレータの概念図、具体的構造例、等価回路などが示され、特に、右概念図には、二次回路に逆電圧が印加されているシリコンフオトダイオードを使用したものが図示されているが、このフオトダイオードは、ジヤンクシヨン・レーザーからの赤外線(光エネルギー)を受けて、これを電気信号(電気エネルギー)に変換するものであるから、光電変換ダイオード素子であり、また、その機能からして、光導電性素子ともいうことができるものである。そして、第一引用例の第一八図(半導体アイソレータ)の二次回路に設けられている光電変換ダイオード素子は、逆電圧が印加されて用いられており、したがつて、光電池ではなく、いわゆるフオトダイオードであると認められる(もつとも、被告が指摘するように、第一八図のうち、具体的構造例を示す図面においては、光電変換ダイオード素子に順電圧を加えて使用しているものが示されているが、これは、第一八図のうちの他の図面およびこれに関する説明内容から判断して、作図上の誤りとみるほかはない。)。したがつて、第一引用例には、光電変換ダイオード素子を電圧を印加しないで使用するいわゆる光電池として用いたものは、具体的には示されていないということができる。
しかしながら、成立につき争いのない乙第九号証の一ないし三によれば、光電変換ダイオード素子には、逆電圧を加えて使用するいわゆるフオトダイオードとしての使用態様と、電圧を印加しないで使用する光電池としての使用態様とがあることは、すでに、本件出願の優先権主張日前(以下、たんに、本件出願前という。)において、当業者にとつて周知であつたと認めることができ、そうとすれば、光電変換ダイオード素子を、逆電圧を印加して使用するフオトダイオードとして配置したところの装置が第一引用例に明示されておれば、当業者は、同じ光電変換ダイオード素子に電圧を印加しないで使用するいわゆる光電池に置き換えた装置を想定するであろうと解するのが相当である。なんとなれば、右の場合、光電池といつても、他の機能を行わせる素子として使用するのではなく、第一引用例の第一八図の装置におけるフオトダイオードと同じく光電変換作用をさせるものとして利用するにすぎず、両者の機能は、ともに光電変換を行うものとして同一であり、光電変換ダイオードをいずれの使用態様で用いるかは、専ら、光電変換によつて得られる電気信号の利用態様によつて、ほぼ決定される関係にあるといえるからである。
そうすると、光電変換ダイオード素子として、フオトダイオードを備えた装置を示した第一引用例には、同じく電圧を印加しないで使用する光電池を備えた装置も実質的に示唆されているものと解することができる。
したがつて、審決が、第一引用例の技術内容の認定にあたり、そこに、少くとも、本件発明の構成要件(c)における光電変換を行う光導電性手段に相当するいわゆる光電池(光導電性手段)を備えた装置が示唆されているとした点には、誤りがあるとはいえない。
この点、原告は、いわゆるフオトダイオードといわゆる光電池とは、素材こそ同じであるが、使用されるときの回路構成、少数キヤリヤの動き、機能において基本的に異つているから、PN接合を有するフオトダイオードを使用した装置が、第一引用例に示されていても、これをいわゆる光電池に置き換えて使用することを想定することは、当業者にとつて容易でないと主張する。
なるほど、フオトダイオードは、逆電圧を印加しての使用であり、他方、光電池は、電圧を印加しない使用態様であるから、使用の実際においては、両者の回路構成が異つていることは明らかであり、それによつて、ダイオード素子内における少数キヤリヤの動きも異つているであろうことは容易に推認できるところではあるが、フオトダイオードと光電池とは、ともに同じ素材(光・電気変換用ダイオード)であり、かつ両者の回路内で果す機能は、いずれも光電変換作用を行うものとして差異はなく、回路構成についても、たんに前者が逆方向の電圧を印加して使用するのに対し、後者は、電圧を印加しないで使用する点においてのみ相違するわけであるから、当業者がそのいずれか一方を用いた装置が示されているのを見れば、同じ目的で他方を使用した装置を想定することは左程困難なことではないと解される。よつて原告の前記指摘は、さきの判断を左右するものとはならない。
2(一) (相違点の認定について)
原告が、本件発明と第一引用例との相違点として指摘する構成要件のうち、光導電性手段としていわゆる光電池を用いる構成(取消事由(二)(1)(c)の構成)は、少くとも第一引用例に実質的に示唆されているものと認められることは、前叙のとおりであるから、審決が、本件発明と第一引用例との相違点として(A)光導電性手段をトランジスタのエミツタ―ベース接合と電気的に並列に接続したこと(審決が(5)として指摘した構成)および(B)上記光導電性手段が光放射に応答して発生する光電流によつて、トランジスタのエミツタ―ベース接合を通る順バイアス電流を供給してトランジスタを導通せしめ、上記光導電性手段に入射する上記第一の半導体材料のバンド間隙エネルギーよりも大きな光子エネルギーをもつ光放射がない時には、上記トランジスタが非導電性であるようにしたこと(審決が(6)として指摘した構成)の二点のみを認定したことは、正当であり、相違点の認定には、誤りはない。
(二) (相違点および進歩性の判断について)
(1) 第一引用例には、原告が本件発明の解決すべき課題として主張するところの、スイツチング速度の問題、光導電性手段をトランジスタのエミツタ―ベース接合間に並列に接続することおよびかかる構成によつてスイツチング速度を改良しうることなどについての直接的な記載がないことは、原告のいうとおりである。しかしながら、昭和三七年特許出願公告第一三三九八号公報(成立に争いのない甲第四号証)(第二引用例)には、光電池(フオトセル―光導電性手段)をトランジスタのエミツタ―ベース接合に並列に接続した構成が明示されていることが認められ、また、審決が、この構成が、普通の技術にすぎない一例として挙げた「The Journal of The British Institution of Radio Engineers」第二〇巻第一一号、一九六〇年(成立に争いのない甲第五号証の一、二)(英国文献)の「4.5光電式高速二進カウンタ」の項には「シリコンフオトセルの高速応答特性およびそれらの安定度の高い電圧出力は、非常に高速でコンパクトで、かつ効率のよいトランジスタ化された電子カウントユニツトを構成できるようにする。(中略)この装置は、五〇〇キロサイクル毎秒までの速度において、光ビームに生じる遮断の数を検出し、かつ、これを二進方式によつて全カウントで表わすことができることを示している」(第八一五頁右欄二〇行ないし第八一六頁左欄五行目、訳文第一五頁四行ないし一六行目)および「その完全な回路図が第二一図に示されている。直列接続された二つのシリコンフオトセルによつて、シリコントランジスタを直接的に切換えるということに注目されたい。」(第八一六頁左欄一一行ないし一五行目、訳文第一六頁五行ないし八行目)などの記載があり、これらの記載内容ならびに第二一図(光電式高速二進カウンタおよびデジタル表示装置の回路図)の図示内容からみて、高速のスイツチング速度を目的とした電気―光スイツチ装置において、フオトセル(光電池―光導電性手段)をトランジスタのエミツタ―ベース接合に並列に接続した構成が記載されていることが明らかであり、さらには、成立につき争いのない乙第二ないし第五号証によれば、昭和三八年二月二五日ないし同年八月二〇日までの間に公告された実用新案公報にも光感知手段をトランジスタのベース―エミツタ間に接続した回路構成が普通の技術として多数示されていることが認められる。
右認定の諸事実からすると、本件出願前にあつても、一般に、光電変換素子(光導電性手段)は、単独に使用されるというよりは、トランジスタのエミツタ―ベース接合間に並列に接続して使用されることがきわめて普通に行われていたものと認められ、これを覆えすに足る証拠はない。
してみると、前叙のとおり、第一引用例には、光導電性手段に接続されるべきそれより下段の回路構成は示されていないけれども、前示認定の技術常識からみて、第一引用例のような電気―光結合方式において、そこに示唆されるごとき光導電性手段をトランジスタのエミツタ―ベース接合と電気的に並列に接続するということは、当業者にとつて、必要に応じて容易に想到しうることであるとみるべきである。
しかも、第一引用例には、電気―光結合方式の基本原理が、遠距離通信、増幅系、広帯域アイソレータ、演算素子などとして、きわめて広範の用途があることが明示されており、しかも、本件出願前すでに、数千メガヘルツ帯で動作する光導電性手段(第一引用例第二六頁右欄一八行ないし二〇行目、成立に争いのない乙第七号証)およびトランジスタ(成立に争いのない乙第八号証)が周知の素子であつたことが認められるところからすると、当業者が、第一引用例に示された電気―光結合方式の原理を応用して、前記高速特性を有する素子を用いて、高速スイツチングを行わせようとする場合には、技術常識上、容易に該光導電性手段をトランジスタのエミツタ―ベース接合間に接続する回路構成を採用するであろうから、第一引用例にスイツチング速度に関する記載ないし示唆がないからといつて、本件発明のごとき構成を採択することが困難であるとみることはできない。
(2) 原告は、第二引用例におけるトランジスタは、光電流の変化を増幅しているにすぎないものであるから、第二引用例は、本件発明のごとく光放射の断続によりトランジスタを導通、非導通にするような構成を示していないと主張する。
たしかに、前掲甲第四号証によれば、第二引用例は、「零位法による電気露光計」に関する発明であり、露光計における光電流をトランジスタによつて増幅し、同電流の増加の割合を拡大表示させる技術であるから、そこで使用されているトランジスタは、通常の使用状態にあつては、トランジスタのもつ増幅機能が利用されているものと認められる。しかしながら、トランジスタには、本来、固有の属性としてスイツチング機能がある(成立に争いのない乙第一号証参照。)のであり、さらに、第二引用例の第四図の曲線(ハ)を詳細に検討すると、光値LVが6以下ではトランジスタのコレクタ電流変化がないが、光値LVが6を越えるとコレクタ電流が急激に増加することが認められるから、右曲線(ハ)は、光値LVが6以下ではトランジスタが遮断状態にあるが、6を越えるとこれを境にトランジスタを導通させることを表わしていると考えられ、このトランジスタは、光値LV6附近においてスイツチング作用をも行つているということができるのである。
してみると、第二引用例に示された装置に、光値LV6以上の光放射を断続させた場合には、これにより当然、トランジスタを導通させたり、あるいは非導通とさせるスイツチング作用を行わせることになるから、第二引用例には、光放射の断続によりトランジスタを導通、非導通とする構成は示されていないとする原告の主張には、首肯できない。
(3) すでに認定判示したごとく、光導電性手段をトランジスタのベース―エミツタ間に接続する回路構成は、本件出願前、普通に行われていたことであり、また、英国文献(成立につき争いのない甲第五号証の一、二)には、第二一図(光電式高速二進カウンタおよびデジタル表示装置の回路図)(第八一五頁)からも明らかなごとく、トランジスタのベース―エミツタ接合間にフオトセル(光電池)を接続して高速スイツチング作用を行わせているものが表わされている以上、審決が、「本願発明における前記主要な構成要件(b)および(c)で示すような光導電性手段、すなわち光感知手段を、トランジスタのベース―エミツタ間に接続した回路構成により高速スイツチングを行わせること自体もきわめて普通のことにすぎない」(第五丁裏末行ないし第六丁表五行目)と判断し、その一例として英国文献を挙げたことには、何ら誤りはない。
たしかに、原告指摘のとおり英国文献の第一一図および第一二図(第八〇九頁)には、シリコン光電池(フオトセル)の応用として、エミツタ―ベース間に光電池を並列に接続したトランジスタのコレクタに機械的なリレーのコイルを接続したものが示されているけれども、このほかに、英国文献には、前叙の第二一図に示されたような高速度スイツチングを行わせる応用例も掲載されているのであるから、英国文献のうちの一部の応用例のみをとりあげて、そこには、高速スイツチング動作についての指摘は何もないとする原告の主張は、当をえないものといわざるをえない。
なお、英国文献の光電式高速二進カウンタは、五〇〇キロヘルツの速度において、光ビームに生じる遮断の数を検出するものであるから、スイツチング速度において、本件発明の明細書に記載された数千メガヘルツとは格段の相違はあるが、本件発明の高速スイツチング動作が、光電池(光導電性手段)とトランジスタとの特殊な結合構成によつて実現されたものであればともかく、本件発明は、特許請求の範囲の記載上も、たんに光電池をトランジスタのエミツタ―ベース接合間に並列接続する構成をとつたというにとどまり、しかも、かかる並列接続構成によつて光―電気スイツチング動作を行わせることは、周知の技術常識にすぎないことはすでに認定したとおりであるから、原告が主張するスイツチング動作の速度の相違をもつて本件発明の進歩性を肯定すべき根拠とはなしえないものである。
3 結局、本件発明の要旨とする構成は、当業者にとつて、第一引用例記載の電気―光スイツチ装置の基本となる構成に第二引用例に示唆されている技術手段ないし英国文献に例示された周知技術をあわせることにより、その構成に格別の困難性を必要とするものとは考えられない。
したがつて、審決が本件発明を引用例を含む出願当時の技術水準との比較において進歩性を有しないものと判断したことは正当であつて、審決には、これを取り消すべき違法はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
下記構成要件から成る電気―光スイツチ装置。
(a) トランジスタ。
(b) 内部に少くとも一つの整流接合を有する第一半導体材料で構成され上記トランジスタのエミツタ―ベース接合と電気的に並列に接続される光導電性手段。
(c) 上記第一半導体材料のバンド間隙エネルギーよりも大きな光子エネルギーを有する光放射が入射する時、その光放射を吸収してその内部に過剰少数荷電担体を発生する特性を有し、そして上記光放射が上記少くとも一つの整流接合からの少数担体拡散距離内の所に吸収される時、上記過剰少数荷電担体に応答して、上記トランジスタのエミツタ―ベース接合を通る順バイアス電流を供給しそしてトランジスタを導通せしめるための光電流を発生し、上記トランジスタは上記光導電性手段上に入射する上記第一の半導体材料のバンド間隙エネルギーよりも大きな光子エネルギーをもつ光放射がない時には非導電性である上記光導電性手段。
(d) 上記光導電性手段に対して電気的には分離されるが、その光導電性手段に放射光を集光させる様に形成された光学的手段によつて光学的及び機械的には結合されて、上記光放射を発生し、そして一方の導電型の第一領域に隣接しそして上記第一領域と共に整流接合を形成する反対導電型の第二領域とを有する半導体光放出装置。
(e) 順電流がその整流接合を通つて流れるようにされる時の上記光放射の発生で特性付けられる上記光放出装置。
(f) 上記第一半導体材料のバンド間隙エネルギーよりも大きな光子エネルギーを有していて、少くともその一部が上記光導電性手段内で上記少くとも一つの整流接合からの少数担体拡散距離内の所に吸収されることで特性付けられる上記光放射装置によつて発生せしめられる上記光放射。